Summer Day

「あっつい。まじあっつい。もうだめ」

 中庭のベンチに座り、脚を投げ出してセドリックは呻いた。ここ三日程度で急激に上がった気温に合わせて、職員達は続々と上着を脱ぎ、シャツの袖をまくって仕事をしている。無論、魔導師も例に漏れないが、それでこの様だ。蔓草のカーテンを頭上に仰ぎ、迷路の形に植えられた薔薇の茂みに囲まれてもなお暑いのだから、休憩時間さえ身の置き場に困る。レスターがダイヤモンドダストなどまき散らして、騎士団の人気者になっていたのは記憶に新しいところだが、残念ながらセドリックの扱う魔術は火属性である。こんなときに振りまける涼など持ち合わせておらず、ただ喉元のスカーフをゆるめて暑い暑いとぼやくだけ。

「あっしゅー、なんとかしてー」
「あいにくだが、氷は埒外だぞ」

 隣に座る恋人に泣きつくと、同じことを考えていたらしい彼は、にべのない一言を残してそっぽを向いてしまった。レスターと同様に水属性でありながらも、体質の合わないアシュレイには氷が使えない。それが気に入らないらしく、ずっと彼は氷に言及さえしたがらなかったが、このうだる暑さには流石に苛々を募らせたらしい。とは言え、ワイシャツはカフスまできっちり留めて、第一ボタンもスカーフも外さず、汗ひとつかかないで涼しい顔をしているのだからすごい。

「できるならとっくにやっているさ」
「うう、別に文句言ってないもん……あ、つめてー」

 ふくれる恋人を宥めようと手を取ると、ひんやりとした感触。それが心地よくて頬を寄せれば、身を竦めたアシュレイは盛大に抗議の声をあげた。

「――セドリック、熱い!」
「へへー、つめてー、きもちいー」
「やめてくれ、僕は暑い、何も得しない。なんだ、身体の中で火でも燃やしてるのか、あなたは」
「だって俺体温高いんだよー、茹だっちゃうよー、ひんやりさせてよー」
「ええい、あなたなんか冬までお払い箱だ、人間湯たんぽめ」
「えーっ――あぁ、ひでぇ」

 ぱしん、と軽く振り払われて、セドリックは落胆する。そのまま魔導師の腕をすり抜けて陽向に立つと、近衛騎士はおもむろに宙へ掌をかざした。ぱっと霧が振りまかれ、周囲の気温が一気に三度ほど下がる。水滴に光が反射して、そこかしこに虹まで架かった。氷になるには至らないが、それでも充分涼しい。

「わ、すげぇ! なんだ、アッシュもできるんじゃん、すずしー」
「氷魔法ができないか練習してみてるだけだ――セド、こっちくるな、濡れるぞ」
「へへへ、暑いから、それが目的!」

 霧をまき散らす恋人に背後から抱きつくと、術を使う過程でさらに熱を奪われたのか、ひんやりした感触。それが心地よくて、水滴で冷たく湿った銀髪に頬を寄せれば、やれやれと息を吐いてアシュレイは淡く微笑んだ。腕の中で振り返った彼に、濡れた指先で頬を撫でられて、ついセドリックは目を細める。

「んー、きもちい……」
「つめたいか」
「うん、ひえひえ。おまえ、平気なの」
「湯たんぽがいるから、まあ、ちょうどいい」
「ふへへ、わざと?」
「これでふたりとも得するだろう」

 つん、と言ってみせながらも、アシュレイの口許は緩んでいる。ほんと、かわいいやつ――愛おしさに任せてキスをすれば、低く下がった恋人の体温が、火照った唇に心地よかった。これなら涼むのを口実にして、暑くても心おきなくくっつけそうだ。
 ひとりでにやけていると、つんつんとスカーフを軽く引かれる。――寒いぞ、セド。陽射しの強さに不釣り合いな涼を提供してくれた恋人が、冷えた唇で甘い誘いを紡いだ。

とある夏の日

(こんな日にも、くっつく理由はつくれるのだ!)

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