Honey, Sweet Honey,
ああ、肩が痛え。枕に突っ伏してアントルはぼやく。三日前からの大寒波で見事に古傷がやられ、今日はベッドから出ることもできなかった。今日は休むと、年下上司に伝書の鳥魔術を飛ばすのが精一杯。それきり痛みから逃げるように眠って、食事はおろか水さえ飲んでいない。流石に喉がからからだ。今日に限っては、机の上の水差しが酷く遠い。
のろのろとベッドから降りたところで、控えめなノックの音に顔を上げた。こんこんこん、と三度。だが、今日はもう遅い。聞き違いかと黙っていると、もう一度。どうやら隣の部屋ではないらしい。
「――アントル、起きていますか」
「んあ……あー? ロクサンヌか」
時刻は消灯時間寸前、こんな夜分にアントルの部屋を普通に訪れる女性は、彼女だけだ。重い身体を引きずるようにしてドアを開ければ、やはり思った通りの人物が、廊下に佇んでいた。
「どうも。……ひどい声ですね」
「おう……あんたもお疲れ。どうした、こんな遅くに」
「預かりものです」
相変わらずあっさりとした物言いで、ロクサンヌは紙袋を差し出した。その中に詰められた菓子や花、アントルの好みそうな色調の小物。見舞いにしては大袈裟だ――まして、アントルが不在にしている原因を、人のいいセドリックがむやみに吹聴するとも思えない。
「……これは?」
「貴方にですよ。――今日は"愛の日"でしょう」
言われてようやく気づき、アントルは重そうな紙袋を彼女の手から受け取った。どうりで部下たちがここ最近浮かれ気味だったはずだ。ここ三日の寒波になるべく晒されまいと、屋外に出ないようにしていたから、アントルは街の飾り付けに気がつかずにいた。――気をつけていてなお、この様なわけだが。やれやれ、今年の愛の日は散々だ。
とは言え、同僚の顔を見て気がそれたのか、わずかに残っていた鈍痛が和らいだ気がした。いつも通りに背筋を伸ばしてみせて、アントルはロクサンヌにへらっと笑ってみせる。
「ありがとさん。――あんたからのは?」
「なにを言っているのだか。おやすみなさい」
戯れるような言葉に彼女は肩をすくめて、ゆっくりした足取りできびすを返す。いつしか痛みを忘れてその後ろ姿を見送り、アントルは口許を緩ませながらも「かわいくねぇなぁ」と心にもない悪態をついた。
――袋のいちばん底、他の贈り物に紛れて、ロクサンヌお手製のはちみつパウンドケーキが眠ることなど、まだ知らずに。
はちみついろの愛の日
(これくらいでそれなりに幸せだなんて、……俺もちょろいもんだ!)