ダメだなぁ、
そんなんだから、天才ってのはバカなんだぜ?
さよなら、ヒポクラテス
なあ、全くオレのことなんて想定外だったんだろう。その顔を見りゃわかるぜ、悪魔にでも会ったようなツラしてるもんな。いいザマだ、天下のブラック探偵と対等に渡り合うあんたが、なーんにも知らない世間様から賞賛さえ受けてるあんたがさ。ただの街医者の前で間抜け面してへたり込んでんだもんな。バッカだなぁ。
ったくさあ、ブラックだってそうだけど、あんたら天才はオレ達凡人を甘く見過ぎなのよ。オレ達が何も出来ないと思ってる? あんたらみたいな連中の手を借りないと、指くわえて見てるくらいしか出来ないだろうって、本気でそう思い込んでるのかい。ハッ! おめでたいねえ、ほんっと、めでてえよ。オレ達にだってね、しばらく観察してりゃあんたらの動きくらいそれなりに予測できんのよ。悪ィけど。
ああ、話が逸れたな。うん、今回はうちのブラック探偵がめっちゃお世話になりました。それでね、オレがね、勝手に単独行動でお礼参りに来たってワケよ。Surprise?
ッたく大変だったんだからな、ブラウンは号泣だし、ミス・フランチェスカなんか半狂乱になったしね、ミスター・エリオットも、警視庁の連中や検察庁の一部や、担ぎ込まれたうちの病院まで巻き込んで、とんでもねえ大騒ぎになったんだからさ。ああ、アイツを手術するのは二度目だよ! 一回目でもう懲り懲りで、もう二度とアイツの内臓なんか見たくないと思ってたのにさ、これだよ。
いくらオレが医者でさ、血を見るのを慣れてるって言ってもさ、アイツは親友だよ。どうやったらアイツをただの患者として、ひとつの生体として見ることが出来るっていうんだい。気が狂っちまいそうでさ、それでも処置はしなきゃなんないから、手術の間中ずっとアイツの顔には帽子でフタしてたよ。バカみてえに。
そんな思いしてやれること全部やったって、アイツはもうもとにもどらない。治癒とかなんとか、とりあえず生きてさえいりゃ回復するってみんな思ってるけど、一度与えたダメージは不可逆なんだ。見た目は元通りになったって、中身は同じに戻らない。酷けりゃ酷いほどそうだ。コンチクショウが。
――なあ。なあ、アイツをあんなにして、ただで済むと思ってんの? アイツを動けなくしとけば、あわよくば――たぶんこっちのつもりだったろうけど――殺してれば、邪魔者なんて誰一人いなくなると、本気で思ってたかい。バッカだなぁ。その後にいくらでも、オレみたいな奴が出てくることなんて、考えもせずにさ。
脳みそはあんたらに及ばなくても、その分執念が強いんだぜ、凡人ってヤツは。それを図れなかったあんたのミスだ。しっかり覚えておくといいよ、うっかりもしここでオレがあんたを殺し損ねるようなことがあったら、絶対次回で役に立つから。
え? なに、まさかオレがあんたに危害を加えないとでも? 医者が人を殺さないだなんて、誰が言った? 人を救う職業だからって100%純白、穢れなしの聖人なわけないだろ、あんた実は相当バカだな。
あのさあ、医者を怒らすと怖いのよ? 人を治すことが出来るってことはさ、その逆――どこを突けば一瞬でぶっ殺せるかも、どこを刺せばじわじわ苦しませられるかも、全部知ってるってことなんだからな。……なに、ヒポクラテスの誓い? ああ、そんなもんもあったねえ。オレもばっちり誓ったよ、医師として――ってさ。でも一番だいじなものを救えないくらいなら、そんなの犬にでも悪魔にでも喰わせちまえ。オレの知ったことじゃない。
顔色が変わったな。そろそろアドレナリンの準備が出来たかい。闘争か逃走かの判断がちっとばかし遅えな、脳みそ以外は欠陥なんじゃねえのか天才ってヤツは。ブラックだってお世辞にも体格が良いとは言えないし。
さあ、どう料理してやろうかな。まずはアイツの味わったのと同じ苦痛を味わわせてやろうか。一瞬で殺してやることも出来なかないけど、そんなのつまんないじゃねえか、そうだろ? さあ、ここをこうして――これで逃がさない、これも医学知識の応用ってヤツだ。
喜べよ、光栄に思え。
あんたが、オレがこの人生で手にかける、一番はじめの人間だ。