little Sage,

「まさか本当に、軍の薬師様にまでなるなんてねえ」

 初出勤の朝、真新しい緑の制服を着て食堂に現れたウィルバーに、母は微笑んでそんなことを言った。誇らしげなその視線が照れくさくて、ウィルバーは戸を閉めながら軽口を叩く。
 
「まさか本当に、ってどういうこと。僕はいつだって本気だったさ」
「わかっているさ。おまえがどれだけ努力していたか、どれだけ情熱を傾けていたか。――隠そうとしていたようだけど、知っているよ。それが実を結んだことが、母さんは嬉しいんだ」

 見上げてくる青い眼差しが、そっと細められる。伸びてきた手をはねつける気はせず、ウィルバーは甘んじて撫でられておくことにした。ただ髪を梳くだけに留まらず、母の腕は背に回る。――それでようやく、いつの間にか母の背丈を通り越して、完全に見下ろすようになっていたことに気づいた。子供のころはあれだけ見上げた母なのに、構ってほしいと甘えてスカートにまとわりついたのに、今では母の腕から思い切りはみ出すほどに成長してしまったらしい。
 
「ウィルバー・セージ。わたしのかわいい子」
「……母さん?」
「本当に、大きくなった。立派になった。夢をもって、自分の力で叶えて――いや、これからずっと、叶えていく途中なのか。おまえは母さんの誇りだよ、ウィル」

 よしよしと髪を撫でられて、顔が熱くなる。――誇り、ほんとうに? 兄と肩を並べるほど、立派になれたのだろうか。同等であると、胸を張っていいのだろうか。自分だけの道を、ゆずれないものを見つけたのだと、心の底から信じても。
 ただそれを口に出すのは、なんだか子供じみている気がして、ウィルバーは母に抱きしめられたまま、ありがとう、と呟くに留めた。感極まって自分まで目頭が熱くなるのを自覚し、母の背をそっと撫でながら茶化すような言葉を紡ぐ。
 
「……ところでさ、母さん」
「なんだい、ウィル」
「…………薬師の名前が"セージ"なのって、なんだかすごく愉快だよね?」

 一瞬の沈黙のあと、腕の中で母が吹き出す。ハーブの名前だからって"賢しき者セージ"とつけたわけじゃなかったのに、おまえって子は。ぱしぱしと肩を叩かれながら笑われ、ウィルバーはにやにやしながら母の腕から逃げだした。

若葉は伸びて

(万病に効きます、なんてね)

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