Prologue: Dedication
”私がこうして物語を書き起こしたり、時にその登場人物にすらなり得るのは、ひとえに我が友アルヴィス・ブラックのおかげである。彼は、私より二つ年下ながら、私では遠く及ばないほど優れた人物だ。天才と形容してもいい。探偵を生業とし、その優れた推理力で事件を解く彼は、私の知る誰よりも卓越している。
私がそう言い切る所以は、彼の類稀なる記憶力にある。彼は見たものの一切を正確に記憶し、それを決して忘れない。己の中に景色を切り取ってゆき、意のままに呼び出し、人に伝える。誰かの声も、風の温度も。彼にかかれば、あの蒼い眼に映した世界そのものを、まるごと連れ歩くことなど造作も無い。
その力で、彼は真実を見抜く。積み重ねた知識と、己の世界に取り込んだ景色を元に、彼が暴けないことなど何もない。二十三年間の間、蓄え続けたデータを駆使して、彼はどんなことでも突き止める。
紛れもなく彼はロンドンの、否、英国一の探偵だ。警察関係者の中には彼を“名探偵”と親しみを込めて呼ぶ者さえいるのだから、如何に重宝されているか解るだろう。そんな彼は私の親友であり、誇りだ。いくらでも語るべきことはあるが、それではこの物語のはじめに、冗長な印象を与えかねない。そろそろ自慢は終わりにして、本題に入ることにしよう。
この物語は、アルヴィス・ブラックが手がけた中でも、最も難解な事件の記録だ。名探偵たる彼が描いた、輝かしき軌跡。彼の歩む道を共に辿ることを許された私が、これを褪せぬまま心に留め置くために記すものである。
偉大なる我が友に、心からの敬意と親愛をこめて。
Dr マイルズ・アーヴィング・クロス”